春木町(読み)はるきちよう

日本歴史地名大系 「春木町」の解説

春木町
はるきちよう

[現在地名]北方町北方

円鏡えんきよう寺から南へ広がった地域で、寛永一九年(一六四二)ほん町の小野三郎左衛門の所有していた高七〇石の地に、加納藩主の許可を得て開かれた町。春に開設したので春木町と名付けたという(「諸事留書」中村文書)近世史料には春来町と記されることが多い。延宝三年(一六七五)には家数五六・人数二一四で、ほかに下男・下女が計九人いた。正徳二年(一七一二)の高は六六石余(同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の春木町の言及

【本郷】より

… なお元和・寛永(1615‐44)以降,下級幕臣の大縄拝領屋敷内にも町屋が次々と設けられ,1696年(元禄9)ころにそれぞれ町奉行支配となった。竹木商人が集住していた竹町,小人頭牧野金助の拝領地であった金助町,伊勢の御師(おし)春木太夫の旅宿があったという春木町,もとは菊畑であったという菊坂町などである。1878年本郷地域に湯島,根津など周辺地域を合わせ本郷区が成立した。…

※「春木町」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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