昼飯村(読み)ひるいむら

日本歴史地名大系 「昼飯村」の解説

昼飯村
ひるいむら

[現在地名]大垣市昼飯町・青墓町(あおはかちよう)

杭瀬(くいせ)川右岸、花岡(はなおか)山南麓の台地上に位置し、東は赤坂(あかさか)村。昼井・昼居とも記し、村内を中山道が東西に通る。永禄元年(一五五八)のものと推測される九月二六日の枝村惣中条々事書(今堀日吉神社文書)によれば「西美濃昼居と申在所」において、近江枝(えだ)村(現滋賀県愛知郡豊郷町)の馬一三疋と荷物が悪党に奪われている。天正一四年(一五八六)九月二一日には「ひる井」六四貫六六〇文の地が那波和泉守の知行地となっている(「豊臣秀吉朱印知行目録写」名和文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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