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悪党 あくとう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

悪党
あくとう

悪者の意であるが,特に鎌倉時代末期以降,幕府荘園領主に反抗する地頭御家人非御家人名主 (みょうしゅ) などの集団をいった。次第に大勢力となり,荘園支配を脅かし,室町時代には国人 (こくにん) に発展した。後醍醐天皇に従った東大寺領伊賀国黒田荘の悪党などが有名。江戸時代には博徒らをこの名で呼んだ。

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デジタル大辞泉の解説

あく‐とう〔‐タウ〕【悪党】

悪事を働く者の仲間。
悪人。悪者。
中世、特に南北朝時代、荘園領主や幕府に反抗した荘民とその集団。

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百科事典マイペディアの解説

悪党【あくとう】

夜討(ようち)・強盗の類として,鎌倉幕府禁圧の対象となった武装集団。鎌倉中期以降,畿内近国,特に流通路周辺に多発。しばしば山僧,借上(かしあげ)と密接に関係し,農民を含むこともある。
→関連項目荒川荘鎌倉幕府後醍醐天皇佐々目郷荘園(日本)平野殿荘峯相記

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デジタル大辞泉プラスの解説

悪党

1965年公開の日本映画。監督・脚色:新藤兼人、原作:谷崎潤一郎による戯曲『顔世』、撮影:黒田清巳。出演:小沢栄太郎岸田今日子乙羽信子木村功殿山泰司加地健太郎、清水絃治ほか。

悪党

米国の作家ロバート・B・パーカーのハードボイルド小説(1997)。原題《Small Vices》。「スペンサー」シリーズ。

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世界大百科事典 第2版の解説

あくとう【悪党】

一般的には悪事を働く集団。〈わるもの〉。歴史的には鎌倉後期から南北朝期にかけて,秩序ある体制を固めようとする支配者によって,夜討,強盗,山賊,海賊などの悪行を理由に,禁圧の対象とされた武装集団をさす。《峯相(みねあい)記》によると,悪党はそのころ山伏や非人の服装であった柿色帷子(かたびら)を着て,笠を被り,面を覆い,飛礫(つぶて),撮棒(さいぼう),走木(はしりぎ)など,特有の武器を駆使して,博奕や盗みをこととし,荘園などの紛争がおこると,賄賂をとって一方に荷担しつつ,状況によっては平然と寝返るなど,奔放な活動を展開した。

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大辞林 第三版の解説

あくとう【悪党】

わるものの仲間。 「 -の一味」
悪人。悪者。
中世、荘園領主や幕府の支配に反抗し、社会の秩序を乱す者。また、その集団。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

悪党
あくとう

鎌倉中・末期から南北朝内乱期にかけて、反幕府、反荘園(しょうえん)体制的行動をとった在地領主、新興商人、有力農民らの集団をいう。悪党は、山賊、海賊とともに、鎌倉幕府から鎮圧の対象とされた。悪党は、(1)荘園領主による代官職の否認、(2)得宗(とくそう)(北条)政権による御家人(ごけにん)所領(地頭職)の否定、(3)得宗政権の経済政策(港湾・都市など独占)の強行、(4)支配下農民との矛盾対立、(5)蒙古(もうこ)襲来を契機とする社会経済情勢の急激な変化、などを要因として発生した。彼らは、悪党張本(ちょうほん)を中心に、一族、下人(げにん)、所従(しょじゅう)など血縁関係者を集め、さらに近隣の在地領主層と連携して、当該地域における分業、流通の支配を目ざし、数百人に及ぶ傭兵(ようへい)を組織することもあった。
 13世紀の後半に活動を開始した伊賀国(三重県)黒田庄(しょう)の悪党は、東大寺の年貢米を奪い、寺使を追放して路次(ろじ)を切りふさぎ、やがて荘民の支持を受けて、東大寺から独立を宣言するに至った。14世紀の初頭、播磨(はりま)国(兵庫県)矢野庄では、在地領主寺田氏が夫役をめぐって農民と対立し、荘内に城郭を構えて討伐軍と戦い、ついには都鄙(とひ)名誉の悪党と称されるまでになった。1315年(正和4)兵庫関を襲った悪党は、瀬戸内海沿岸から淀(よど)川流域にかけて拠点をもつ山僧良慶以下100余人の商人集団であり、彼らは、得宗家の港湾独占に反対して蜂起(ほうき)したのであった。悪党は「ハシリヲツカイ、飛礫(ひれき)ヲナゲ」(峰相(ほうそう)記)て、敵軍を悩ませ、奇襲攻撃を得意とし、行動範囲が数か国に及ぶこともあった。異類異形(いるいいぎょう)の人々とよばれているが、その組織行動は、鎌倉幕府の御家人体制とは明瞭(めいりょう)に異なっている。諸国悪党の蜂起は内乱状況を生み出し、畿内(きない)近国の悪党を組織した後醍醐(ごだいご)天皇の討幕運動が鎌倉幕府を崩壊させたのである。地域的支配を目ざす悪党の組織は、14世紀の後半には国人一揆(こくじんいっき)の組織へと受け継がれていく。[佐藤和彦]
『佐藤和彦著『南北朝内乱史論』(1979・東京大学出版会) ▽小泉宜右著『悪党』(教育社歴史新書)』

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世界大百科事典内の悪党の言及

【悪】より

… 一方,すでに834年(承和1)の太政官符に主殿寮・主鷹司などの雑色(ぞうしき)・駈使(はせづかい)・犬飼・餌取が市で押買(おしがい)等の不法をするのを〈悪行〉とし,麁悪(そあく)な調物を〈濫悪〉〈濫穢〉といい,無法な罵言や暴力的行為を〈凶悪〉〈濫悪〉とする見方もあったが,12世紀に入るころには〈不善〉という言葉は激減し,さきの殺害などに,鳥獣,魚の殺生や分水の押妨等の行為を含めて,端的に悪行・悪事として糾弾されるようになる。殺生を悪とする仏教思想の浸透をそこにうかがうことができるが,〈党を結び,群れを成す〉といわれた悪徒・悪党は当時台頭しつつあった武士団そのもの,あるいは漁猟民を含む商工業者,金融業者などで,武装した僧兵―悪僧も大寺院が組織したこのような人々であった。これらの人々の世界では,戦場や夜,山野河海,境など,ある条件の下では〈悪〉と非難された行為を当然とし,むしろ積極的に評価する風潮が広く広がっていた。…

【荒川荘】より

…当荘には地頭はおかれなかったが,93年(建久4)在地で勢力のあった公文盛景が追放され,以後高野山の直務支配が確立する。ところが鎌倉後期の弘安年間以降,悪党事件が発生し,この鎮圧に高野山は手を焼いた。悪党の張本は源為時(法心)といい,荘内の山門末寺高野(たかの)寺の僧でもあった。…

【印地】より

…無礼の者,広く反感をかった者,罪人に対する飛礫も同様の意味からであろう。また〈向へ礫,印地,云甲斐なき辻冠者原,乞食法師ども〉(《平家物語》),〈河原ゐんぢやとざまなる悪党の奴原〉(《渋柿》)といわれたように,飛礫は〈清目(きよめ)〉を職能とする非人あるいは悪党と密接な関係があり,白河辺には〈向飛礫の輩〉といわれ,老若の組織を持つ印地の党がいたのである。 飛礫はときに武芸による刃傷を伴ったので,1263年(弘長3)の公家新制の禁止,あるいは66年(文永3)鎌倉比企谷でおこった甲乙人の飛礫に対する幕府の禁圧のように,支配者は抑制しようと試みたが,実効はなく,飛礫に神意を見る民衆の根強い感情を背景に,鎌倉・南北朝期には飛礫を打つ人々を英雄視する見方も強かった。…

【黒田荘】より

…鎌倉後期に入ると,職(しき)の分化や脇名の形成にみられる在地構造の変化を背景に,これら中小領主が支配権の拡大・強化を図り,一般荘民も巻き込んで,東大寺に反逆する動きを示すようになる。いわゆる黒田荘の悪党である。弘安年間から活発になる悪党の行動は,必ずしも全荘民の支持をうけたものではなかったが,たび重なる東大寺・六波羅・守護の鎮圧にもかかわらず,南北朝期まで続き,東大寺の支配を動揺させた。…

【瀬戸内海】より

…彼らの間では相互の競争が激しく,競争相手の失脚をねらう行動はしばしば荘民を巻添えにした。このような者たちは悪党と呼ばれたが,瀬戸内では特に繁栄した港町を襲撃する悪党が多かった。この時期の海賊も悪党と近いが,その背後には海をおもな生活舞台とする海民があった。…

【党】より

…党の性格は多様で,かつ時代の推移にともなって変化しているため,固定的にとらえることは困難である。武士の党が発生する以前に,平安時代には〈党類〉〈群党〉などの用法がみられ,さらに〈僦馬党(しゆうばのとう)〉の存在があり,中世にも〈悪党〉などと用いられている。これらの〈党〉という言葉の意味は,いずれも〈むれ〉〈集団〉に対する呼称であり,その場合,構成員間の結合した組織体的性格は希薄である。…

【畑時能】より

…《太平記》巻二十二によれば,がんらい武蔵国住人であったが,のち信濃国に移住したといい,武芸全般に優れ山野河海に漁猟したという。いわゆる典型的な〈悪党〉である。北陸越前において,新田義貞の敗死後,南朝方の武将として一井(いちのい)氏政らとともに鷹巣城(福井市高須町)に拠って守護斯波高経の軍と戦い,1341年敗死した。…

【播磨国】より

…《峯相記》は文永(1264‐75)ころ播磨に美麗な念仏堂が造立されたと伝えるが,安志(あんじ),浦上,河内,鵤(いかるが),飾万津などいずれも海陸交通の要所であり,その檀越の経済力の成因を想像することができる。 これと並行して播磨では悪党の活躍が正安・乾元(1299‐1303)ころから目だってくる。1319年(元応1)六波羅は悪党取締りのため飯尾為頼らを派遣して,守護代とともに明石と投石の両所を警備させた。…

【漂泊民】より

…しかしこの行為が公認されることなく行われたとき,漂泊民・遍歴民はしばしば海賊,山賊になったのである。13世紀後半から重大な政治問題となった悪党も,こうした漂泊民の動向とかかわりがあり,彼らは柿帷を着て覆面をするという漂泊民―非人の衣装を身につけ,ときには〈金銀ヲチリバメ,鎧・腹巻テリカガヤクバカリ〉(《峯相記》)という〈ばさら〉の風体で姿を現したのである。 14世紀にかけて,こうした〈ばさら〉な風潮を積極的に肯定する動きが世に広がる反面,悪党―漂泊民の風体を〈人倫ニ異ナル〉〈異類異形〉として忌避,嫌悪する風潮が定住民の側にしだいに強くなってくる。…

※「悪党」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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