更級里(読み)さらしなのさと

日本歴史地名大系 「更級里」の解説

更級里
さらしなのさと

[現在地名]戸倉町更級

明月記」安貞元年(一二二七)九月二五日、藤原定家の使者信濃より京都に帰り国情を報じたことを記した中に、「更級里対姑捨山、在里之南、西云々あさま嵩燃峰石之焼也、昼黒、煙立、夜火気見ちくま河大河也、廻流于国中、入国自南端及于北方、善光寺六ケ日之路云々」とある。

これによると更級里は姨捨おばすて山に対し西南に在ることがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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