有喜街道(読み)うきかいどう

日本歴史地名大系 「有喜街道」の解説

有喜街道
うきかいどう

江戸時代からの街道で、島原街道の一部をなす。肥前佐賀藩深堀領矢上やがみ宿(現長崎市)から佐賀本藩領の有喜村(現諫早市)を経て島原藩領の愛津あいつ(現愛野町)に至る区間たちばな湾沿いのこの道筋に対して、島原城下方面に向かうため長崎路筋の佐賀藩諫早領諫早いさはやより愛津に迂回する路程、いわば諫早道、有明海側の路程があった。文化九年(一八一二)一一月、伊能忠敬一行は有喜村域の「長崎街道矢上道追分」を通過しており(伊能忠敬測量日記)、これは当往還筋にあたる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東京都台東区の浅草寺の本尊である観世音菩薩の縁日のうち,特に多くの功徳が得られるとされる功徳日のことで,毎年 7月9,10日がその日にあたる。もとは「千日詣り」といい,本来はこの日に参詣すると 100...

四万六千日の用語解説を読む