朝倉遺跡(読み)あさくらいせき

日本歴史地名大系 「朝倉遺跡」の解説

朝倉遺跡
あさくらいせき

[現在地名]八鹿町朝倉

八木やぎ川下流の南岸、標高五七―六二メートルの河岸段丘上にある奈良時代後半から平安時代前半にかけての集落遺跡で、段丘下との比高は五メートル程度。昭和五一年(一九七六)に発見され、同五八年に確認調査が実施された。発見された遺構発掘した長さ八メートル、幅一・一メートル、深さ四〇センチの溝一条のみである。この溝内から密集した状態で土師器須恵器が出土している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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