木俣村(読み)このまたむら

日本歴史地名大系 「木俣村」の解説

木俣村
このまたむら

[現在地名]豊里町木俣

野畑(のばた)村の西、西谷田(にしやた)川西岸の微高地に所在。慶長八年(一六〇三)から旗本菅谷範政の知行地。元禄一一年(一六九八)天領となり、江戸後期には岡田寒泉が代官であった(岡田寒泉功徳碑)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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