木俣村(読み)このまたむら

日本歴史地名大系 「木俣村」の解説

木俣村
このまたむら

[現在地名]豊里町木俣

野畑のばた村の西、西谷田にしやた川西岸の微高地に所在。慶長八年(一六〇三)から旗本菅谷範政の知行地。元禄一一年(一六九八)天領となり、江戸後期には岡田寒泉が代官であった(岡田寒泉功徳碑)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む