木挽町一丁目(読み)こびきちよういつちようめ

日本歴史地名大系 「木挽町一丁目」の解説

木挽町一丁目
こびきちよういつちようめ

[現在地名]中央区銀座ぎんざ二丁目

松村まつむら町の南に続き、三十間さんじつけん堀に架かる紀伊国きのくに橋の東にある片側町。東岸は武家地。同堀東岸に一丁目から七丁目まで続く。木挽町の町名は江戸城造営時に多くの木挽職人が居住したことに由来するという。寛永江戸図には木挽町は八丁あると記される。安永三年小間附町鑑によると京間二五間半、公役銀を納める。名主は松村町に同じ。「江戸惣鹿子名所大全」には木挽町河岸通りは炭薪屋があると記される。一丁目には石塔屋があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む