木挽町二丁目(読み)こびきちようにちようめ

日本歴史地名大系 「木挽町二丁目」の解説

木挽町二丁目
こびきちようにちようめ

[現在地名]中央区銀座ぎんざ二―三丁目

木挽町一丁目の南に続く片側町。東側は武家地、西は三十間さんじつけん堀。安永三年小間附町鑑によると京間八四間、公役銀を納める。名主松村まつむら町と同じ。「江戸惣鹿子名所大全」には臼屋があると記され、大工頭田良豊前が居住していた。「続江戸砂子」には二丁目・三丁目には薪屋・船具商があってつき臼を商うとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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