木野子村(読み)きのこむら

日本歴史地名大系 「木野子村」の解説

木野子村
きのこむら

[現在地名]佐倉市木野子

小篠塚こしのづか村の北東に位置し、東金とうがねに至る道が通る。「本土寺過去帳」の三日条に「延徳五年」(史料どおり。一四九三)九月付でキノ子彦次郎家中の妙心の名がみえる。「寛文朱印留」には木子村として佐倉藩領。以後幕末まで同藩領。元禄郷帳には木野子村とあり、高九九石余。延享三年(一七四六)の村明細帳(内藤家文書)によれば田八町余・畑屋敷六町八反余・新田畑一町一反余、御林松山二ヵ所。寛延二年(一七四九)の佐倉藩領村高覚では高一一五石余、新田改出高一石余、夫役永二八七文余・茶園栗代永一四六文・林下刈代金三分・山銭鐚九五二文。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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