末吉良村(読み)ばつきらむら

日本歴史地名大系 「末吉良村」の解説

末吉良村
ばつきらむら

[現在地名]朝日町宮宿(みやじゆく)

中郷(なかごう)村の北にある。宝徳元年(一四四九)鳥屋(とや)ヶ森(もり)館主岸氏は、自分の所領であった玉虫(たまむし)(現東村山郡山辺町)の地を山野辺(やまのべ)城(現同上)城主武田信安に与え、代りに当地を譲り受けたという(山辺郷土史)。天正年間(一五七三―九二)中郷本田(なかごうほんでん)堰を開いた柴田七郎兵衛により開発されたと伝え、柴田家が代々名主を勤めた。慶安二年(一六四九)以降松山藩領。元禄三年(一六九〇)の壱人前御改之帳(柴田文書)では反別一〇町余、家数一九。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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