末崎城跡(読み)まつさきじようあと

日本歴史地名大系 「末崎城跡」の解説

末崎城跡
まつさきじようあと

[現在地名]大船渡市末崎町 西館

門之浜かどのはま湾東方の岬にある。西館にしだて城とも称される。東西二五〇メートル・南北五〇〇メートル、標高三〇メートルの山城で、南西は海。頂上は南北一〇〇メートルの台地と東西に長い一〇〇メートルほどの台地が隣接して広場を構成しており、これが本丸跡。南面は断崖、他の三面には広く土壇がめぐらされ、本丸跡の北西部にあたるすぐ下の台地が二の丸跡と思われる。「仙台領古城書上」には城主武田丹後とあり、元禄一一年(一六九八)の「気仙郡古記」には武田丹後・式部父子は葛西氏滅亡ののち南部浪人となったと伝えるとみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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