日本歴史地名大系 「本多大膳家代官所跡」の解説 本多大膳家代官所跡ほんだだいぜんけだいかんしよあと 福井県:坂井郡丸岡町高柳村本多大膳家代官所跡[現在地名]丸岡町高柳 宅地高柳(たかやなぎ)の中央、字宅地(たくち)にあった旗本本多氏の代官所。寛永三年(一六二六)丸岡城主本多成重の次男重看が旗本となり、以降幕末期の五代成孝まで、歴代本多大膳家の代官所として存続した。本多家の所領は、高柳村など八ヵ村三千二〇〇石であった。嘉永二年(一八四九)本多領の財政を立直すため、福井藩領内の豪農安達利三郎と本多領内の豪農清水多門の二名が、代官島崎門兵衛に代わり、領内の支配万端を担当した。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by