均衡財政に対する概念で,租税収入などの経常的収入をこえて財政支出を行うこと,またそうした財政状態をいう。この差額は,公債発行によって賄われることとなる。ただし,この用語は,予算制度上のものではない。なぜなら,日本の予算制度では,長期債の収入は歳入の一形態とみなされており,かつ,それをも含めた歳入総額は,予算の段階では,歳出総額と一致せねばならないものとされる。つまり,予算において歳入が歳出を下回るという意味での〈赤字〉は,制度的にありえないのである。
日本の一般会計予算をみると,1949年度の〈ドッジ・ライン予算〉以降64年度までは,公債不発行主義がとられ,財政支出は経常収入の枠内におさめられてきた(均衡財政の時代)。65年度から赤字財政が開始されたが,65-74年度の10年間を平均すると,公債発行額は予算総額の1割程度であった。ところが,75年度以降,赤字幅が拡大し,公債発行額は予算総額の2~3割に達した。
ケインズ経済学の理論によると,赤字財政は有効需要を拡大する効果があるとされる。財政支出のすべてを租税収入で賄う場合に比べると,民間の可処分所得は財政赤字分だけ多く,したがって,消費支出が増大すると考えられるからである。しかし,赤字財政を賄うための公債の発行は,利子率を上昇させ,設備投資等の支出を抑制することにも注意すべきである(こうした現象は,〈クラウディング・アウト〉と呼ばれる)。仮にこうした効果が完全に働くなら,消費支出の増大は相殺され,有効需要は拡大しないことになる。
赤字財政が予算編成過程に与える影響についても注意を払う必要がある。公債による財源調達は,直接的な負担感を与えないため,予算が膨張しがちであると主張されることがある。しかし,実際にこうしたバイアスが働いているか否かは,必ずしも明らかではない。
→財政 →予算
執筆者:野口 悠紀雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
税収などの経常歳入が、経常支出および公共投資を下回っている状態。不足分はその分だけ国債などの公債発行により賄われる。従来の古典派経済学では、市場機構による自動調整作用を前提にして、財政上も「均衡予算主義」という正統主義を形成してきたが、ケインズ経済学では、マーケット・メカニズムが有効に働かず、非自発的失業が存在したり超過需要インフレーションが発生する状態では、政府は赤字ないし黒字財政によって積極的に有効需要を調整する必要があるとして、裁量的財政政策の意義を認めている。民間投資が利子率に非弾力的であったり、貨幣需要が利子弾力的であるほど、金融政策によって景気を拡大することは困難であり、財政政策(フィスカル・ポリシー)が必要とされる。また、貨幣賃金率が伸縮的であれば、一時的失業は存在してもやがて市場機構により調整されるが、労働組合の圧力や最低賃金法などにより賃金が硬直的な場合には、失業があっても貨幣賃金率は十分下がらず、財政政策が必要とされる。さらには、たとえマーケット・メカニズムが働くとしてもその調整速度が遅い場合には、やがては失業が解消し景気が回復するにしても人々は長期にわたって失業を甘受しなければならないことになるので、財政政策が容認される。なお最近、このようなケインズ主義的財政政策の有効性に対して、疑問が提示されている。
[藤野次雄]
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…そうでなくとも国民経済は平たんな成長経路上を上昇するわけにはいかず,大きな不況に見舞われることもある。そういうときには税収入が不足するから,結局赤字財政に頼らざるをえず,しかも安易な通貨増発によることが多い。 両大戦間の大不況の経験は政府の民間からの中立的態度を捨てさせ,むしろ積極的に土木事業をおこして失業を救済しようとした。…
※「赤字財政」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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