財政とは1年間の国や地方公共団体の公共活動に伴う収入・支出を貨幣金額で表したものをいう。その規模は各国の政治形態、国民の公共サービスへの要求の程度、租税制度により異なる。
[宇田川璋仁]
デモクラシー(民主国家)の下で財政活動が始まる原動力は、公共サービスに対する国民の需要である。国民の需要に応じるために、国民による投票を通じて政府が形成される。国民が要望する方向に政府活動が始動される場合、国民は公共活動から生じる費用の負担を納得する。反対に、政府活動や租税負担が国民の要望から離れた場合、国民の支持をめぐり政党間で選挙による政治競争が始まる。
では、国民はなぜ政府に財政活動を求めるのか。デモクラシーの経済制度の大部分は市場経済であり、国民所得の生産・分配・支出も大部分が市場で決定される。まず、基礎的で最小限の政府活動として、私有財産の認定、市場取引を円滑にする法制度、司法警察の制度、外交担当が要請される。その上で、道路網整備、護岸工事、治山・治水などの公共事業が開始される。これら公共のための財・サービスは公共財とよばれる。公共財は、国民の共同利用に供するという性格を旨とするため、個人的に市場で公共財を注文する者はいない。市場で自分専用の物を買うこととは異なる。一方、市場で買うことのできる自分専用の財を私的財という。公共財を市場で発注する個人がいなければ個人への供給者も現れない。こうした理由から、各人は公共財を政府に要望することになる。
なお、先述した純粋な公共財のほか、市場での私的供給が可能であり、かなり大きな外部経済効果をもたらす財やサービスがある。教育、医療、養老などに関する保険・保障、年金、児童・高齢者・障害者などの社会的弱者に対する生活扶助などがそれにあたる。市場(個人活動)から十分な供給が受け取れない場合、こうした需要をもつ国民層からは政府活動への要望が生じる。市場には前述の外部経済のほかに外部不経済があるから、公害規制などが政府へ要望される。
市場から発生する個人間の所得不平等に対して、国民から不快感が発生するのは当然である。収入側の租税制度についても、租税負担を能力に応じて行う累進税制(応能租税原則)が政府への要求となる。
以上のような国民の側からの要求に対して政府の側からの対応が乏しければ、対立政党間の政治競争が始まる。国民の要求を受け入れる政党が勝利するというのがデモクラシーの政治・財政活動の「原型」といえる。
しかし、デモクラシーの政治下で、行政を執行する常備の官僚制度が介在すると、「原型」に複雑な問題が生じてくる。
確かに、国民の要求と政治家の対応のなかから政治・財政の課題は明らかになる。だが、課題を認識したとしても、立法府(国会)にいる政治家は、それを行政のシステムとして実施可能なものに制度化する知識を十分にもっていない。課題に適確に対応する法案の作成、各省庁間での任務の分担、事業コストの推計などは立法府だけではできない。他方で、技術進歩とともに諸工事の様式も変化し、工法や資材等の変革によりコストも増減する。これらの採択・決定は官僚機構にゆだねられる。
官僚は官営の独占者である。その競争相手は存在しない。国民の需要の表現は厳密なものでなく、それを受け入れた政治家の課題認識も厳密なものでない。両発注者(国民と政治家)が独占供給者である官僚群と向き合うことになるが、その結果は行政能力をもち、正確な行政コストの情報をもつ独占供給者の言い値と供給量が支配するとみてよい。個々の各省行政に分割されると、国民から政治家への課題を実施するコストとその行政規模は、官僚機構の選好の優位のうちに決定される。
デモクラシーの「原型」が崩れる場合がほかにもある。それは、国民と政治家と官僚の、どのグループも普通の人間の集団だという性格から生じる。それは、財政活動は遠い将来にまでその影響を及ぼすにもかかわらず、将来を見通すことなく(また見通すこともむずかしいので)財政活動からの受益と負担を近視眼的にとらえようとするということである。国民は公共サービスを要望するが、その負担を背負わずにだれか他人に負担させて便益だけを受けたいと望む。この行為を「フリー・ライダー」という。このフリー・ライダーは、だれもが望むことである。したがって、だれもが税負担から逃げようとする。政治家も国民の意向をよく知っているから、税負担が必要であるにもかかわらず、そのことには口を閉ざし公共サービスの提供を約束する。そうでなければ、対立する政党との政治競争に勝てない。公共サービス担当の各省は、政治家が約束する公共サービスの増大を歓迎する。財政収支の均衡化を担当する財務担当省も、国民・政治家・関係各省などの多数グループの声に抵抗しきれない。このようにして、フリー・ライダー志望と近視眼的利得計算が国の各グループに及ぶと、そのもっとも単純な結末は国の財政活動の拡大のための財源を公債に求めることである。ひとたび公債発行に踏み切れば、各グループともその味が忘れられなくなり、増税ないし公共サービスの削減による財政収支の均衡化を非常にむずかしくする。
[宇田川璋仁]
いずれの近代国家も、昔から人々は居住、日常生活、経済活動を地域ごとに集合して営んでいた。その国家がデモクラシーの政治体制をとる以前から、たとえば「三河(みかわ)の国」のように、○○の国や○○県などとよぶ地方行政区画が存在していた。各地の住民は、公共サービスの受益には地域的限度があることを知りつつ、地方の公共財の提供を欲した。一国の政治・財政は、中央政府と地方それぞれの政治・財政から成り立っていた。そのもっとも顕著な例は、アメリカが独立し連邦制が成立する以前に13州が存在したことである。デモクラシーの下では地方区画は地方公共団体となり、国の政治と地方自治とが共存するのが「原型」である。
第二次世界大戦後、日本の国と地方の財政・租税制度について勧告したカール・シャウプは「地方自治はデモクラシーの学校である」と述べた。民主主義を戦前味わったことのない日本国民は、この「デモクラシーの学校」に入ることを財政運営においては拒んだ。憲法によって地方公共団体の長や議会の代表を住民選挙で選ぶことにはなったが、シャウプが提案した住民税率の自由な選択は実現せず、「行政を無責任にする」としてシャウプから廃棄を求められた国からの補助金制度は今も存続している。その結果、シャウプが求めた地方交付税交付金のほかは、全国統一の地方税制と国の補助金を財源として国が定めた各地方団体の「基準財政需要」の実現を中心とした日本の地方財政の姿が続いている。
[宇田川璋仁]
政府が財産をもたず公企業も営まなければ、国の収入は租税と公債のみであり、それで公共支出をしなければならない。財政の勘定もこの収入・支出を計上する一つの会計で足りる。この税収と公債を計上し、基本的歳出を示す会計を一般会計という。
日本の一般会計は、支出について三つの表示方法で公開されている。1番目の方法は、歳出が重要経費別に分類されて表示されており、それぞれの時代の政府活動の状況がわかる。2番目の方法は、所管別(各省別)の歳出が表示されている。3番目の方法は、使途別分類表示である。人件費、物件費、補助金・他会計への繰入れなどに分かれている。3番目の表示方法から、日本の中央政府の仕事がかなりの程度地方団体等への補助金行政であることが推察される。
日本では明治の初めから国が郵便事業や郵便貯金を取り扱い、国有鉄道を経営し、さらに植民地を保有した。これら特別の事業収入と経費を明確に計理するためには特別会計が必要であった。
第二次世界大戦後は、長年存続した特別会計のほかに、道路整備・治山・治水等の公共事業を特別会計に移した。これは伝統的に租税を財源として公共投資を行ってきたのが、戦後の特別会計の特例として弾力条項や特例的規定が設置されたことによる。これらの規定は、公共投資を所管する諸省が、予算を確保し継続させるため強く要求するところであった。道路特別会計、治山・治水特別会計などがその代表といえる。近年、特別会計の積立金がいわゆる「埋蔵金」として話題になったのは、特別会計の弾力条項や特例規定による資金積み立てに由来する。第二次世界大戦後創設された特別会計のなかでは、地方交付税特別会計がユニークである。これはシャウプ勧告によって創設されたものであり、2009年(平成21)現在は国税5税(所得税、法人税、酒税、消費税、たばこ税)の30%ほどがこの会計に繰り入れられ、総務省が規定する基準財政需要額と基準財政収入額の差額を埋めるように道府県や市町村に配付される。交付税は国からの補助金と異なり、地方税と同様に一般財源として使用できるので、地方団体の関心が高い。
第二次世界大戦後、日本では、経済復興、国民生活の安定を目ざして政府が出資した特殊法人が多数創設された。特殊法人には、大別して金融公庫とよばれた政府銀行(日本住宅金融公庫、日本開発銀行等)と公社・公団とよばれた政府事業体(日本電信電話公社、日本住宅公団、日本道路公団、日本国有鉄道・日本鉄道建設公団等)がある。政府は、これらの銀行や事業体へ融資する資金をどこから調達したのか。それは、郵便貯金・年金積立金などの大蔵省(資金運用部)への預託が義務づけられた資金であった。このように、政府金融機関、公社・公団への政府出資、これらの特殊法人への政府融資、特殊法人の債券発行、特殊法人の直接事業活動、特殊法人からの民間への融資のすべての資金活動を「財政投融資」という。財政投融資を含めると政府の財政活動はきわめて広範囲であり、そのすべての会計をみなければ本当の財政資金の動きは明らかにされない。
しかし、昭和の終わりころ、中曽根康弘内閣のときに国鉄・電電公社等が民営化され、平成に入ってから小泉純一郎内閣の郵政民営化によって財政投融資は大きく変わった。まず、郵便貯金・年金積立金の資金運用部への預託義務が廃止された。この二つの資金は民営化された会社が全額自主運用(市場運用)できることになった。その後、特殊法人も整理され、統合、廃止などにより数が減った。したがって、この後の財政投融資は、残った特殊法人自らが金融市場において政府保証のない公募債券を発行するか、国が国債(財投債)を発行して市場で資金を調達し、それらを貸し付けるだけになった。その結果、2008年度の財政投融資計画の年額は、ピーク時の1996年度に比べて3分の1に当たる13兆円に減少した。
地方公共団体は、都道府県と市町村をあわせると約1800団体ある。地方団体の会計制度は「地方自治法」で統一的に定められており、会計区分は一般会計と特別会計である。特別会計には、国の法令により義務づけられているものと任意に設置するものとがある。地方財政を統一的に把握するため、統計区分として地方公共団体のすべての会計を普通会計と公営事業会計に分類する統一基準が設けられている。
普通会計とは、一般会計と公営事業会計を除く特別会計を合算したものである。通常、単に地方財政という場合にはこの普通会計をさすことが多く、国の一般会計と対応するものである。
公営事業会計は、公営企業会計(上下水道、交通、電気、ガス、病院、駐車場整備等)、収益事業会計(競馬、競輪、宝くじ等)、国民健康保険事業会計、老人保健医療事業会計、介護保険事業会計などに分かれる。
約1800の地方団体を一つの財政主体とみなす最近の「地方財政計画」で、地方財政における普通会計の歳入・歳出をみると次のようになる。ここで「地方財政計画」とは、例年12月ころに行われる地方財政収支見通しや地方財政政策、国の一般会計を踏まえ、例年2月に内閣が国会に提出するものである。2008年度の地方財政計画によれば、「歳出」項目には、給与関係経費、投資的経費(直轄・補助と単独に分かれる)、一般行政経費(補助と単独に分かれる)、公債費、公営企業繰出金、その他、がある。「歳入」項目には、地方交付税、地方税等、国庫支出金(国からの地方向け補助金)、地方債、その他、がある。
[宇田川璋仁]
日本国憲法により、国民各層が投票し戦後政府をつくりあげた。政府の仕事は戦前体制を一掃すること、戦争末期から発生したインフレを根治すること、そして戦後復興に努力することであった。財閥解体、農地解放が実行され、労働組合結成が自由になった。インフレ対策のため、占領軍は、財政は均衡予算のほかは許さず、これによってインフレの根元たる通貨の垂れ流しは止まった。戦後復興のため、為替(かわせ)レートが1ドル=360円に設定され、このハードルを越えて生き残るために企業は懸命に生産費低下を図った。財政の一般会計は、1947年度(昭和22)から1964年度まで18年間という長期間、均衡予算を堅持した。これは明治以後の財政史上空前のことであった。
[宇田川璋仁]
1964年度補正予算から国債が発行され今日に至っている。理由は金融引締めによる不況の発生と政府の税収予想が甘かったことである。その後、各期の政府は均衡予算を回復しようとしたが、円の切上げが世界から要求されたり、石油危機が生じたりして、赤字財政が続いた。この時期の田中角栄内閣は立場を逆転して、財政赤字を増大させても、日本列島の公共事業を拡大させようとした。大蔵省(当時)は、その後の財政赤字を減らすための財源として大型消費税を導入しようとしたが国民の反対で、与党は総選挙で敗北した。国民の消費税への反対は根強く、次の中曽根康弘内閣も導入に失敗し、さらに次の竹下登内閣が、国会で多数決を強行して1989年(平成1)4月に導入した。
[宇田川璋仁]
昭和60年代から、財政赤字を抱えて財政の制約を受けた日本では、国内需要の拡大策は低金利、高いマネーサプライという金融政策一辺倒であった。「カネ余り」のなかで土地の投機が始まった。それ以前に実施されていたマル優廃止という所得税制改革は、預金よりも土地・株への投機をあおり、いわゆるバブルが発生した。
しかし1990年から地価高騰を抑えようとして金融引締めが始まった。金利上昇は、借入金を増やしていた不動産業の収益に大きな影響を与えた。それは不動産貸出しに走った金融業にも損失を与えた。地価も急速に低下し、不良債権処理がこの時代の金融業の大問題となった。政府は主要銀行に公的資金を投入して救助した。
[宇田川璋仁]
経済の低迷期のなかで小泉純一郎内閣が成立した。小泉内閣のモットーは「官より民へ、地方ができることは地方へ」であった。同内閣が行った事業の一つは、郵政事業の民営化「郵政民営化」であった。それまでの日本郵政公社は郵便事業と郵便貯金の2事業を中心にしていたが、分割民営化により、この2事業をそれぞれ別の株式会社に移管した。郵政民営化は国の資金が削減されることになるから長年にわたった「財政投融資」の制度を縮小した。
小泉内閣は「三位一体改革」の名の下に、所得税から地方の住民税への税源移譲、地方交付税の縮小、地方団体への補助金行政の縮減を実行した。しかし、財政の中央集権は明治時代から保持されてきたものであり、中央官僚や政治家の一部は依然従来の制度に固執している。また地方は、単純公共サービスの中央集権より、多様性のため行政コストがかかり、経済成長を遅らせるという意見もあり、地方分権化が実現されるまでの道はまだまだ長いといわなければならない状況である。
[宇田川璋仁]
『自治省財政局編『地方財政のしくみとその運営の実態』(1978・地方財務協会)』▽『井堀利宏著『財政赤字の正しい考え方――政府の借金はなぜ問題なのか』(2000・東洋経済新報社)』▽『伊藤光利・田中愛治・真渕勝著『政治過程論』(2000・有斐閣)』▽『小西砂千夫著『地方財政改革の政治経済学――相互扶助の精神を生かした制度設計』(2007・有斐閣)』▽『貝塚啓明、アン・O・クルーガー編『日本財政破綻回避への戦略』(2007・日本経済新聞出版社)』▽『石弘光著『現代税制改革史――終戦からバブル崩壊まで』(2008・東洋経済新報社)』▽『『図説 日本の財政』各年度版(東洋経済新報社)』▽『『図説 日本の税制』各年度版(財経詳報社)』▽『中里透、参議院予算委員会調査室編『図説経済財政データブック』各年度版(学陽書房)』
政府の年々の資金収支計画をいう。国家のそれに関していうことが多い(国家財政)が,地方公共団体に関してもいう(地方財政)。財政は政府の諸政策目標を達成するための経済政策である。経済政策の手段としての財政は租税・歳出等の経常的収支予算の全体および各項目に代表されるが,政府の借入れ(国債発行)や民間への融資(財政投融資)等の資金計画も重要な政策手段である。
民間部門が市場経済の活動に任されているとすれば,財政を主導する政府部門(〈公共部門〉の項参照)はきわめて異質の存在である。自由な発展的社会では市場競争によって経済の進歩がもたらされる。その場合には,政府部門はむしろ国民経済にとって消極的役割,すなわち市場の自由な競争をできるだけ維持することが目的となる。このため司法・行政機構の確立によって社会の秩序を保ち,軍備によって外敵の侵入を防ぐことが大きな役割となる。いわば夜警国家であり,政府の役割はたしかに政府独自の機能であるが,しかし経済社会発展の主導力は民間部門にあるから,政府活動は必要最低限にとどめねばならない。事実,租税は民間に対する直接の干渉であり,政府は少ない租税収入で最小限度の役割を行うのが〈安上がりの政府cheap government〉であり,民間部門からできるだけ中立を守ることである。しかし現実には,たび重なる戦争で財政支出が膨張し,しかも租税だけでは足りず,各国とも膨大な対民間債務を背負うことになった。国債の増発は国債費(国債の利子支払と償還費)とを累増させ,政府支出のかなりの部分がこれに充てられるから,効率的な政府支出は望めない。結果は通貨の増発に頼り,戦時インフレーションを余儀なくされることが多い。そうでなくとも国民経済は平たんな成長経路上を上昇するわけにはいかず,大きな不況に見舞われることもある。そういうときには税収入が不足するから,結局赤字財政に頼らざるをえず,しかも安易な通貨増発によることが多い。
両大戦間の大不況の経験は政府の民間からの中立的態度を捨てさせ,むしろ積極的に土木事業をおこして失業を救済しようとした。このため財政支出はますます膨張したものの,むしろこのような政府の民間への介入がしだいに是認されてきた。とりわけアメリカのニューディール政策やイギリスの社会保障制度のように,公共事業のみならず社会政策にも介入するとなると,逆に国民は受益の増加を求めるから,財政支出は引き下げることが不可能となり,財政硬直化の現象が現れる。かくして今日では,民間経済に対する政府部門の地位は過去にくらべ比較にならないほど大きくなり,民間経済の中で政府の果たすべき役割は単に夜警国家にとどまらず,むしろ経済の安定と成長とのために積極的な介入が求められることになる。言葉では福祉国家ではあるが,政府が福祉を中心として大幅に民間経済を〈管理〉することになったことが,この言葉の意味である。今日ではいずれの国も民間の財政負担がかなり重圧となっているので,逆にいかにして行財政改革によって負担の軽減をはかるかが問題となっている。
今日膨大化した財政収支の各項目は,それ自体民間経済に重要な影響をもつ。日本の財政の経常収入面の主たるものは租税であるが,租税は一般的には直接税と間接税とから成り,直接税は大別して個人所得税と法人所得税とから成る。いずれも個人の収入ないし法人の利益から差し引かれるもので,国民経済は国民所得から直接税を引いた可処分所得が国民の自由処分の意思決定の根源となる(経常収入では政府の事業所得,財産所得も加わる)。間接税は日本では物品税が主であったが,消費支出あるいは売上げ全般にかかる消費税が,89年4月1日より実施されたのに合わせて廃止された。物品税や消費税はその生産物の供給価格をその分だけ引き上げるが,しかしその分だけすべて市場価格が上がるわけではなく,それは市場の需要供給が決めることである。
財政支出の側では,政府が民間から人件費・物件費の形で購入する〈政府財貨・サービス購入〉と,政府から直接民間に現金が手渡されるもの,たとえば企業への補助金,個人への社会保障制度の現金・現物給付や公債の利子支払等があり,これらは〈政府からの移転〉と呼ばれる。企業補助金は一種のマイナス間接税である。政府の財・サービス購入の中には政府の直接行う公共事業費が含まれる。またサービスというのは人件費すなわち公務員給与をいう。とくに政府から個人への移転は福祉国家の実現とともに非常に大きな財政支出となった。これには,社会保障の年金等の現金給付のほか,医療保険の現物給付も含まれている。移転支出は生産のための費用を表す国民所得には含まれないことに注意すべきである。したがって,先の可処分所得に移転支出を加えたものが,国民の処分可能な支出だとみてよい。
財政収支が一致しない,とくに今日のように財源がつねに不足している場合には,あらかじめ国債の発行を財政に組み込んでおかねばならない。国債には建設公債と赤字公債(特例公債)とがあるが,国民経済に及ぼす財政金融政策としては,建設公債も実質的にほとんど差はない。財政があらかじめ黒字を見込んで組まれたら黒字予算というが,黒字を温存するような方法は無理だから,財政はほとんど均衡予算,または赤字予算の形で計上される。赤字予算は市中消化の原則があり,国債の日銀引受けによる発行(通貨増発)が禁じられており,いったんは民間部門に売られる。もちろんやがては現金化されるが,すべてが現金化されるわけではない。なぜなら日本の場合,民間投資が不活発だということ,貯蓄率が国際的にきわめて高いということがあって,民間貯蓄は民間投資をかなり大幅に超過しているからである。これが,累増する赤字財政にもかかわらず,政府の資金調達により,金融市場が逼迫し,その結果民間の資金調達が困難になるというクラウディング・アウトcrowding outの現象や,逆にインフレに突入しない理由であると思われる。しかし赤字財政で注目しなければならないことは,第1に赤字の部分だけ民間金融資産がふえるということ,第2にふえる割合は国債と通貨とから成るということである。
民間部門に対し財政を管掌する政府部門は,まず行政分担でみると国と地方公共団体(地方自治体)とに分けられるが,両者いずれも行政機能を働かせるかぎりにおいて政府部門と称する。国民所得統計上はこれを〈一般政府〉という。政府はまたみずから生産活動を行うが,これらは〈公企業〉と呼ばれる(先に触れた政府の公共事業は,それ全体が国民所得に含まれる。公企業については,その事業ないし財産所得だけが財政収入に含まれる)。
財政が国民経済の中に重要な地位を占めるに至ると,財政には民間経済では成しえない経済機能があることがしだいに見いだされた。第1に公共財の考え方である。すべての人に同時に同量のサービスを提供することができ独占が許されないのが公共財であるが,政府の行政機能や軍備等,いわば〈安上がりの政府〉に含まれるものがほとんど公共財に含まれる。公共財はもちろん財の性質であって,民間の提供する私的財と純粋な公共財の間にはさまざまなランクがあってしかるべきであろう。
第2に所得再分配機能である。民間企業では能力に応じて給与が支払われるが,いろいろな事情で所得分配には不平等が生じる。その不平等を放置せず是正していこうというのが財政のあるべき姿といわれる。その結果,租税にしても国によってちがいはあるが所得税中心主義となり,しかも累進的税制をとり入れるようになる。また社会保障制度は必ずしも所得の階層間再分配の制度ではないとはいえ,制度が貧困階層ばかりでなく平均所得層をもカバーしていることは,国の経済社会の安定におおいに役立っている。それが膨大な財政負担を呼び,租税負担がついていけないというところに,先進国の悩みがある。
最後に経済安定機能を財政がもっているということが,ケインズ経済学の普及以来とくに強調されている。つまり財政支出の増加ないし減税によって経済活動水準を引き上げるという財政手段に訴えるわけであるが,今日ではまず逆の状況,財政支出を減少ないし増加させることでインフレを防ぐことが政治的に不可能に近いことが強調されている。また財政政策よりも強力な貨幣金融政策のほうが有効であるともいわれている。いずれにせよ,現状では経済安定政策がそれほど教科書どおりには行われえないことが明らかとなっている。
財政が国民経済への介入を目的とする場合,財政政策(あるいは予算政策)と呼ばれる。今日それは,公共財の増加,社会保障負担,一方的ながら予算の増加や減税に現れている。しかし,各国とも軍事費を中心とした支出の増加はおおいに警戒しており,また社会保障の充実,福祉国家の実現にはきわめて膨大な負担がかかることに困惑を深めているといえよう。かくして〈安上がりの政府〉が〈高くつく政府〉になったことへの反省が出つつあるが,民主主義制度のもとで一挙に解決することは非常に困難である。また民主主義制度のもとでは,ケインズ的財政政策は減税はできても増税はできないという一方通行的政策であるとすれば,インフレは必至である。このように考えてくれば,財政が国民経済に組み込まれたことは,当初の目標はどうあれ,財政が国民の相反する利害関係にどうしようもなく組み込まれたことを意味する。
執筆者:大熊 一郎
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…新名称の誕生は,近年,基本的には私有財産制と自由競争市場を軸として国民経済を運営するいずれの国々においても,共有財産と非市場手段によって運営される公共部門が急速に拡大してきた事実と,近代経済学の発達がその分析手法を非市場経済へも応用させることを可能とした事実とを反映したものといえよう。確かに,古くから公共部門を研究の対象としてきた学問に〈財政学public finance〉がある。しかし財政学は,伝統的に公共部門全体というよりも,与えられた予算を賄うための税制の記述と分析が中心であったことから,その学問の守備範囲が一般に狭く固定化されて理解され,近年急速に発展した財政理論の近代理論経済学的手法による再編成と,税制はもとより,それ以外の公共部門も広く研究の対象とした大幅な学問分野の拡大とを代表するには適切でなかった。…
…古くから財政学は国庫に関する学問とされている。英語のpublic finance,フランス語のfinances publiquesはともに直訳すれば〈公共資金調達〉の学問である。日本でも,明治以来,財政学とは国家・公共団体の貨幣収支を研究対象とする社会科学の一分野とみなされている。日本の財政学の発展をみると,ドイツ財政学,イギリス・アメリカ財政学,マルクス財政学の影響が認められる。
【ドイツ財政学】
16世紀から18世紀にいたる重商主義の特殊的・ドイツ的形態といわれる官房学の伝統を引き継いで,19世紀末から20世紀初頭にかけて,A.H.G.ワーグナー,L.vonシュタイン,シェフレAlbert Eberhard Friedrich Schäffle(1831‐1904),ディーツェルCarl August Dietzel(1829‐84)といった学者の登場とともにドイツ財政学は黄金時代を迎えた。…
…ある年度の財政支出をその年度の経常的収入(租税・印紙収入,各種納付金,手数料など)と等しくする財政運営,ないしそうした財政状態をいう。年度内の資金繰りのために短期証券を発行することは認められるが,歳入の手段として長期債を発行することは認められない。…
…現代社会においては,国民の生活は国や地方公共団体の活動と密接に結びついており,国や地方公共団体は社会のさまざまな要求を満たすために,財源を調達し,これを管理し,必要な費用を支出している。このような活動を財政といい,予算はこの財政活動を規律するための予定的計画ということができる。
【予算の概念】
予算は,これを二つの側面から観察することができる。…
※「財政」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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