本柿木村(読み)ほんかきぎむら

日本歴史地名大系 「本柿木村」の解説

本柿木村
ほんかきぎむら

[現在地名]天城湯ヶ島町本柿木

狩野かの川の上流西岸と、東流して同川に合流する柿木川に沿った谷間に集落が点在する。東はまつ村。明応五年(一四九六)一二月二七日の伊勢長氏感状(高橋文書)で高橋某が「柿木之内」での戦功を賞されている。天正九年(一五八一)柿木郷百姓三郎左衛門と大平おおだいら(現修善寺町)百姓宮内隼人との間で、炭焼のための木材伐採をめぐって相論が発生した(同年一〇月二五日「北条家朱印状」宮内文書)

文禄三年(一五九四)に代官頭彦坂元正による検地、慶長一二年(一六〇七)に三島代官井出正次による地詰検地が行われたといわれる(寛政九年「村明細帳」土屋家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む