日本大百科全書(ニッポニカ) 「本渓湖煤鉄公司」の意味・わかりやすい解説
本渓湖煤鉄公司
ほんけいこばいてつこんす
日本が中国で経営した製鉄企業の一つ。日露戦争中、大倉組が遼寧(りょうねい/リヤオニン)省本渓湖(現、本渓)で炭鉱経営に着手、1911年(明治44)日清(にっしん)合弁の同社を創業し、1915年(大正4)高炉の操業を始めた。良質の鉄鉱石、原料炭、石灰石に恵まれ、精密機械や大口径砲に不可欠の低燐銑(ていりんせん)を生産、日本の軍需工業を支えた。1921年コークス吹き低燐銑の生産に成功、1930年代には輸入低燐銑を完全に抑えた。1935年(昭和10)満州国政府と共同出資の準特殊法人となり、銑鋼一貫体制を目ざして拡張を続け、1939年満州重工業開発会社(満業)傘下に入った。第二次世界大戦後には本渓鋼鉄公司(現、本渓鋼鉄(集団)有限責任公司)に引き継がれ、1970年代に新鉱区の開発、さらに採掘機や高炉の大型化が進み、特殊鋼を中心とする中国有数のコンビナートになった。2008年の売上げは385億元である。
[岡部牧夫]