本良庄(読み)もとよしのしよう

日本歴史地名大系 「本良庄」の解説

本良庄
もとよしのしよう

現志津川(しづがわ)町付近にあったと考えられる摂関家領庄園。久安四年(一一四八)に藤原忠実より頼長に譲られた奥羽五ヵ庄の一。翌年頼長は藤原基衡のもとに、源国元を年貢増徴使として派遣した。国元は「本良金五十両、布二百段、馬四疋 本数金十両、馬二疋、預所分金五両、馬一疋」と五倍以上の年貢増徴案を示した。基衡の拒絶にあって国元はむなしく帰洛した。のち頼長は重ねて延貞なるものを使者として派遣し、両者交渉の結果、本良庄の年貢は金二〇両・布五〇段・御馬三疋で妥協が成立した(「台記」仁平三年九月一四日条)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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