日本歴史地名大系 「村山田郷」の解説 村山田郷むらやまだごう 福岡県:宗像市旧宗像市地区村山田村村山田郷現村山田に比定される。建武元年(一三三四)三月二〇日の宗像社宛の雑訴決断所牒(宗像大社所蔵文書/南北朝遺文(九州編)一)に「村山田」とみえ、元弘三年(一三三三)九月一七日の後醍醐天皇綸旨で織幡(おりはた)宮・許斐(このみ)権現・孔大寺(こだいじ)権現の長日御供以下の料所として安堵されていたが、建武元年改めて安堵されている。「応安神事次第」戊本には宗像社辺津(へつ)宮の五月会に神幸する許斐権現の神輿に関連し、五月四日の許斐御輿御向事に「社務代官・祝詞禰宜、村山田郷散仕宿ニ留ル、村山田郷百姓人別米一升取集テ致用意ヲ者也」とあるほか、荷輿丁事に村山田郷、神人に村山田神人がみえる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報