来尾村(読み)きたおむら

日本歴史地名大系 「来尾村」の解説

来尾村
きたおむら

[現在地名]旭町来尾

都川つかわ村・市木いちぎ村の南に位置し、八戸やと川支流の来尾川に沿う。南は来尾峠(標高七六〇メートル)を越えて安芸国才乙さいおと(現広島県芸北町)に至る。都川村から分村して成立したともいわれ、古高一三六石余、寛永一四年(一六三七)の検地高一九五石余(明治四年万手鑑)正保国絵図・寛文朱印留に村名はみえない。庄屋は都川村庄屋が兼帯し、都川村へは水越みずこし峠越の道ないし十通ととおり峠を経て畑喰谷はたくいだに畑田原はたたばらに出る道を利用した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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