来秀村(読み)らいしゆうむら

日本歴史地名大系 「来秀村」の解説

来秀村
らいしゆうむら

[現在地名]鴨川市来秀

太尾ふとお村の南、貝渚かいすか村の西に位置し、加茂かも川の中流域に立地する。江戸時代初期は太尾村に含まれたが、元禄六年(一六九三)分村した。同九年に旗本保科氏が知行地を改められ、翌年旗本前田領となり、幕末に至る(「寛政重修諸家譜」・元文村高帳など)。元禄郷帳では高三四五石余。安永三年(一七七四)の村明細帳(来秀区有文書)によると高は田二一一石余・畑一一一石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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