東与賀町(読み)ひがしよかちよう

日本歴史地名大系 「東与賀町」の解説

東与賀町
ひがしよかちよう

面積:一五・三七平方キロ

佐賀市の南に位置する干拓農漁村で、東は八田江(はつたえ)をもって川副町に接する。南は有明海に面している。

町内の住吉(すみよし)・大野(おおの)を結ぶ道路は、戦国時代の海岸線と考えられ、それ以南はその後の干拓地。近世中期以後、小規模干拓が鱗状に南に広がり、小搦(こがらみ)・大明神(だいみようじん)搦・外(そと)搦・東栄徳(ひがしえいとく)搦・西栄徳搦・千秋(せんしゆう)搦・年徳(ねんとく)搦・千右衛門(せんうえもん)搦・孫十(まごじゆう)搦・貞十(さだじゆう)搦・勘兵衛(かんべえ)搦・甚兵衛(じんべえ)搦・新村(しんそん)搦・嘉永(かえい)搦・利右衛門(りうえもん)搦・直十(なおじゆう)搦・権右衛門(ごんうえもん)搦・伊勢衛門(いせえもん)搦・高太郎(たかたろう)搦の名がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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