東分木町(読み)ひがしぶんきちよう

日本歴史地名大系 「東分木町」の解説

東分木町
ひがしぶんきちよう

東山区三条通白川橋東入七丁目

三条通を挟んで位置。町名は分木町と同じく、耕地の字に由来するという(坊目誌)。

承応二年(一六五三)新改洛陽並洛外之図に「東分木丁」とみえ、隣接諸町とともに、江戸時代初期の開町とみてよい。ただし文献上では延宝二年(一六七四)四方洛外町続之町々小名之覚(荻野家文書)にみえるのが早く、正徳四年(一七一四)洛外町続町数小名并家数改帳(同文書)には「一、弐拾九軒 同(粟田口)東分木町」とある。

「坊目誌」によると粟田神社祭礼には鷹羽鉾を出し、ほかに東姉小路(ひがしあねこうじ)町・石泉院(せきせんいん)町と輪番で錫杖鉾(地蔵鉾)を出すというが、現状では、鷹羽鉾は東小物座町の奉仕、地蔵鉾は西村家一統の勤めるところである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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