東包永町・西包永町(読み)ひがしかねながちよう・にしかねながちよう

日本歴史地名大系 「東包永町・西包永町」の解説

東包永町・西包永町
ひがしかねながちよう・にしかねながちよう

[現在地名]奈良市東包永町・西包永町

東・西笹鉾(ささほこ)町の北、一条通に沿い、佐保川の橋詰から東大寺転害(てがい)門前に至る東西に長い町。町名は往年手掻文殊鍛冶平三郎包永が住んでいたことによるという。東包永町は「奈良曝」に「町役十八軒」とみえ、元禄二年(一六八九)の家数一八(うち号所一、東大寺八幡禰宜屋敷)、竈数六四(奈良坊目拙解)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む