東包永町・西包永町(読み)ひがしかねながちよう・にしかねながちよう

日本歴史地名大系 「東包永町・西包永町」の解説

東包永町・西包永町
ひがしかねながちよう・にしかねながちよう

[現在地名]奈良市東包永町・西包永町

東・西笹鉾ささほこ町の北、一条通に沿い、佐保川橋詰から東大寺転害てがい門前に至る東西に長い町。町名は往年手掻文殊鍛冶平三郎包永が住んでいたことによるという。東包永町は「奈良曝」に「町役十八軒」とみえ、元禄二年(一六八九)の家数一八(うち号所一、東大寺八幡禰宜屋敷)、竈数六四(奈良坊目拙解)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む