東和田村(読み)とうわだむら

日本歴史地名大系 「東和田村」の解説

東和田村
とうわだむら

[現在地名]成田市東和田

根木名(ねこな)川を挟み成田村の東に位置。近世初期は大和田(おおわだ)村と称したが(「寛文朱印留」など)、延宝七年(一六七九)の年貢割付状(斎藤家文書)の端裏書に「東和田村ニ」とあり、同六年に改称されたとみられる。改称の理由は明らかではないが、同年大久保忠朝が佐倉藩主になっていることにかかわるとも考えられる。佐倉藩領。明暦元年(一六五五)の年貢割付状(同文書)では高四八五石余、その後新畑が高入れされ、寛保二年(一七四二)から高四八七石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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