出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
埼玉県南部、新座市(にいざし)の一地区。旧大和田町。江戸時代は川越(かわごえ)街道(現、国道254号)の宿場町。近くに平林寺(へいりんじ)がある。
[編集部]
大阪市西淀川区(にしよどがわく)の中央部の地区。神崎(かんざき)川と大野川(現在は埋立て。大野川緑陰道路)に囲まれた砂州からなる。平安時代末期このあたりは海口で舟運の地でもあった。中世、石山戦争には出城が設けられた。近世初期には新田開発が進み、漁業も盛んで「大和田の鯉つかみ(おおわだのこいつかみ)」(『摂津名所図会』)で知られた。1905年(明治38)阪神電鉄本線、1924年(大正13)同西大阪線(現、阪神なんば線)が通じ、一帯には工場と住宅が進出した。現在は阪神工業地帯の一部となっている。阪神高速道路神戸線の大和田出入口がある。
[位野木壽一]
…川越藩主松平信綱が1655年(明暦1)玉川上水から野火止用水を分水してから野火止新田の開発も進んだ。市域北部の大和田は,江戸時代は柳瀬川の渡河点にあたり,川越街道の宿駅として伝馬の継立てを行った。中央を貫通する国道254号線(旧川越街道),北端を走る東武東上線の志木駅,南端を走る西武池袋線の清瀬駅を通じて,東京の都心部との交通が便利であるため,1960年代以降,日本住宅公団の新座団地をはじめとして住宅地化が急速に進み,全国有数の人口急増都市となっている。…
…人口15万4509(1995)。中心の大和田は成田街道の宿場町であった。関東大震災後,東京にあった乳業会社の牧場がここに移転したことから酪農地として発展した。…
※「大和田」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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