東持田村・西持田村(読み)ひがしもつたむら・にしもつたむら

日本歴史地名大系 「東持田村・西持田村」の解説

東持田村・西持田村
ひがしもつたむら・にしもつたむら

[現在地名]御所市大字東持田・西持田

葛城川上流、高野こうや街道沿いに位置。東は栗坂くりさか村。

近世初期には一村で、応永二五年(一四一八)の吐田庄注進文(春日神社文書)に「モチタ」、慶長郷帳に「餅田村」と書き、村高は二二三・一九石。村の東南に唐笠とがさ山があり、三箇院家抄(内閣文庫蔵大乗院文書)に「唐笠持田一反 能登瀬河ノ南ニアリ 道ヨリ西」とあるのはこの持田のことであろうか。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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