日本歴史地名大系 「東新庄村」の解説 東新庄村ひがししんじようむら 佐賀県:佐賀市新庄郷東新庄村[現在地名]佐賀市鍋島町(なべしままち)大字森田(もりた)字東新庄西は西新庄村・江里(えり)村、北は鍋島・木角(きのつの)村、南は江頭(えがしら)村、東は八戸溝(やえみぞ)村に接し、クリーク景観のみられる水田地帯。西新庄村と同じく鎌倉時代与賀新(よかのしん)庄に属した。文化一四年(一八一七)の郷村帳には、村内に矢倉・敷地・市場・馬渡の地名が記されている。元亀元年(一五七〇)大友氏との今山(いまやま)(現佐賀郡大和(やまと)町)合戦に際し、鍋島直茂は東新庄の勝楽(しようらく)寺で旗竿を作って出陣して勝利を得、勝楽寺は鍋島家の祈願所となったといわれる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by