東油野村(読み)ひがしゆのむら

日本歴史地名大系 「東油野村」の解説

東油野村
ひがしゆのむら

[現在地名]備中町東油野

坂本さかもと川右岸の狭小な平地とその山麓を中心とした村で、北は坂本村(現成羽町)、東は布寄ふより村・中野なかの(現同上)、南は成羽なりわ川切で平川ひらかわ村。西油野村とともに古代の下道郡湯野ゆの(和名抄)の遺称地とされる。明徳三年(一三九二)一〇月二日の秋川頼秋寄進状(大徳寺文書)によれば、「ゆの」の年貢より毎年三貫が京都大徳寺如意によい庵に与えられている。応永元年(一三九四)仮託の吉備津宮惣解文写(吉備津神社文書)では大般若経供養布施を葛木若王丸が由乃郷として奉納している。また流鏑馬料足納帳(同文書)に、長禄二年(一四五八)分として「参貫五百文 由野 直納」とあり、もとは五貫文と注される。

寛永備中国絵図に村名がみえ、高六〇三石余で松山藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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