東狐村(読み)とつこむら

日本歴史地名大系 「東狐村」の解説

東狐村
とつこむら

[現在地名]入善町東狐

黒部川扇状地のほぼ中央にあり、北は下飯野新しもいいのしん村・木根きのね村、東は青木あおき村、西は笹原新ささはらしん村、南は道古新どうこしん村。元和元年(一六一五)の新開で、時の用水奉行東掃部が子狐を殺したところその親狐が仇をなしたため、狐をなだめるためにここに堂を建て、東狐の宮と称した。これから当村を東狐とよぶようになったという(宝永元年「村名由来書上」清原家文書)。寛永一六年(一六三九)から万治三年(一六六〇)まで富山藩領、以後加賀藩領。明暦三年(一六五七)の草高は四三三石(入善町史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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