東観音寺村(読み)とうかんおんじむら

日本歴史地名大系 「東観音寺村」の解説

東観音寺村
とうかんおんじむら

[現在地名]安濃町東観音寺

井上いのうえ村の北、田端上野たばたうえの村の南に位置し、北大谷きたおおたに川左岸の低丘の南側に集落がある。古くは田端上野と一村であったという。しかし山を越えて耕作に通うのは不便のため若干移住したのが、当村の始まりという(安濃郡誌)。文禄検地帳を転記したと思われる伊勢国中御検地高帳に「東観音寺」と現れる。初め津藩領、寛文九年(一六六九)久居藩分封以後久居藩領。寛延(一七四八―五一)頃の戸数四一、ほかに郷士一、人口一七二、牛八。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む