東迫間村(読み)ひがしはざまむら

日本歴史地名大系 「東迫間村」の解説

東迫間村
ひがしはざまむら

[現在地名]菊池市豊間とよま

土豊水とりゆうず村の西、迫間はざま川左岸にある。北は市野瀬いちのせ村、西は西迫間村に接する。隈府わいふ町高札辻より約一五町。天正一一年(一五八三)八月日の産神社縁起(産神社文書)に「菊地郡迫間邑」とみえる。同一七年の検地帳に田一〇町一反二畝余・畠二三町六反六畝余、分米二五〇石とある。慶長九年(一六〇四)九月の検地帳では「東迫村」と記され、分米高はほぼ同じ。元禄一四年(一七〇一)の肥後国絵図変地帳(県立図書館蔵)に古絵図(正保国絵図)・郷帳(正保郷帳)の「東迫村」は誤記につき「東迫間村」に直すとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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