東関村(読み)ひがしせきむら

日本歴史地名大系 「東関村」の解説

東関村
ひがしせきむら

[現在地名]新井市東関

通称東関山の南西山麓、平丸(ひらまる)川・長沢(ながさわ)川が合流した右岸丘陵地帯に位置し、南は飯山(いいやま)道沿いの猿橋(さるはし)村に接する。正保国絵図に村名があり、天和三年郷帳では高三四石四斗余、うち漆高七斗八升とある。享保八年(一七二三)の質取人訴状(阿部道治氏蔵)に村内の四人が名を連ねている。天保四年(一八三三)には凶作のため一〇一人が「来春雪消迄之夫食米御拝借」を高田(たかだ)役所に願出ており、ほかに何とか食いつなげる者は一〇人、他国奉公が八人であった(「凶作につき諸願届書」飯吉徳清氏蔵)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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