東阿知和村(読み)ひがしあちわむら

日本歴史地名大系 「東阿知和村」の解説

東阿知和村
ひがしあちわむら

[現在地名]岡崎市東阿知和町

丘陵地を流れる青木あおき川の形成する扇状地に開けた村。東から北にかけてたき村に接する山林で、青木川を隔てて西阿知和村と接し、西は百々どうど村、南はたき村と接する。滝山寺縁起に「治部大輔源頼氏弘長二年壬戌御逝去此時為一切経会料所被寄進阿知波郷了」とある。頼氏は三河国守護職足利義氏の孫にあたる。弘長二年(一二六二)当時、この地方を阿知波郷と称したものと思われ、かつ足利氏の私領であり、これを滝山寺へ寄進したものとみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む