東光坊(読み)とうこうぼう

日本歴史地名大系 「東光坊」の解説

東光坊
とうこうぼう

[現在地名]作木村下作木

作木(さくぎ)川東南岸の山際にあり、常清山と号し、浄土真宗本願寺派。本尊阿弥陀如来。上作木の福原(ふくはら)城主佐久木新左衛門の弟馬之進が僧となり、法善と号して天文一四年(一五四五)に建立したと伝える。法善の子了教(のち常陸と号する)は、天正年中(一五七三―九二)の石山合戦で、本願寺顕如のために兵糧・兵器を城中に運ぶなど多くの軍功があったと伝え、「芸藩通志」には「顕如軍中にて書きあたふる布手(拭)六字の仏号、及び下間刑部兵糧を乞ふの状を蔵す、軍功感状は今広島徳栄寺に蔵む」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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