東鵜之本村(読み)ひがしうのもとむら

日本歴史地名大系 「東鵜之本村」の解説

東鵜之本村
ひがしうのもとむら

[現在地名]祖父江町島本(しまもと)

寺内(じない)村・野田(のだ)村・柿木島(かきのきじま)村に囲まれた小村で、西鵜之本(にしうのもと)村とをまとめて鵜之本村ともいう。「尾張国地名考」では「西東の二村有り 西鵜本は早尾川木曾の分水也の西にあり往昔川普請の時掘わられて東西二村となるという」といい、佐屋(さや)川の西にあった。天保村絵図によると当村の概高八八石七斗余、田畑六町四反八畝余はすべて横井伊折介の給知、新田は三石余で蔵入地。戸口は一五戸・六七人という。

当村と西鵜之本村・柿木島村の関係は密接である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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