20世紀日本人名事典 「松沢一鶴」の解説
松沢 一鶴
マツザワ イッカク
昭和期の水泳選手 日本水泳連盟名誉顧問;元・東京都教育委員長。
- 生年
- 明治33(1900)年9月7日
- 没年
- 昭和40(1965)年1月10日
- 出生地
- 東京
- 学歴〔年〕
- 東京帝大理学部科学科〔昭和2年〕卒
- 経歴
- 昭和23年の第1回東京都教育委員選挙に最高点で当選、教育委員長を3期務めた。31年3月教育委員を公選制から任命制にする法案・新教育委員会法(地方教育行政の組織および運営に関する法律)が国会に提出された。松沢が会長の全国都道府県教育委員会委員連絡協議会は、他の30余の教育諸団体と共に法案反対を決議、松沢は公選制教育委員擁護運動の先頭に立って活躍した。しかし法案は成立し、松沢は同年6月辞職した。また、水泳選手としても有名で昭和7年のロス五輪、11年のベルリン五輪で水泳監督を務めた。戦後水泳界の再建に尽くし、教育委員長辞任後は日本水泳連盟名誉顧問、39年の東京五輪事務局次長などを務めた。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報