柞原下村(読み)ほそはらしもむら

日本歴史地名大系 「柞原下村」の解説

柞原下村
ほそはらしもむら

[現在地名]信楽町柞原ほそはら

江田えだ村の西方にあり、村内を大戸だいど川支流が流れ、集落はその北側山麓に形成される。柞原下野ほそはらしもの村とも記された。中世は信楽庄に属し、建武四年(一三三七)四月二五日の山中道俊・同頼俊軍忠状案(山中文書)に柞原とみえる。「後法興院記」応仁二年(一四六八)八月二三日条によれば「柞原以下之三郷」の沙汰人百姓が近衛政家に酒を進上している。江戸期に入り、柞原郷はしも村・中野なかの(中之)村・上之かみの(杉山村)に村切されこの三村を柞原三村ともいう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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