柞原中野村(読み)ほそはらなかのむら

日本歴史地名大系 「柞原中野村」の解説

柞原中野村
ほそはらなかのむら

[現在地名]信楽町中野(なかの)

柞原下(ほそはらしも)村の西に位置し、大戸(だいど)川支流の北側山麓に集落を形成。江戸期に入っての村切によって成立し、柞原三村に属した。柞原中之村・柞原中村、単に中野村などともよばれた。寛永石高帳に杉原村とみえるが誤記と思われる。正保郷帳では幕府代官多羅尾領。天明村高帳では幕府領で大津代官石原氏の支配下だが、のち再度多羅尾領となり幕末に至る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む