柳川智永(読み)やながわ としなが

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「柳川智永」の解説

柳川智永 やながわ-としなが

?-1613 織豊-江戸時代前期の武士
柳川調信(しげのぶ)の子。対馬(つしま)(長崎県)府中藩家老。慶長12年文禄・慶長の役後初の朝鮮国王使をむかえ,国交修復につとめる。14年景轍玄蘇(けいてつ-げんそ)とともに己酉(きゆう)約条締結の交渉にあたり,その功で送使船1隻の貿易特権をみとめられた。慶長18年死去。初名は景直。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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