柿ヶ原十楽村(読み)かきがはらじゆうらくむら

日本歴史地名大系 「柿ヶ原十楽村」の解説

柿ヶ原十楽村
かきがはらじゆうらくむら

[現在地名]金津町山十楽やまじゆうらく

加越山地上にあり、北陸街道に沿う。永仁五年(一二九七)の坪江下郷検注記録(大乗院文書)に「一、十楽名十四丁三反九十歩 成就院」とあり、また「十楽番頭内」として「勢王名」が記されている。近世初期には福井藩松平氏の重臣多賀谷三経(知行高三万二千石)の居館があった。貞享三年(一六八六)幕府領となり、その後福井藩預領となる。当村は比較的畑地が多く、正保郷帳によれば田方一五二石余・畠方一二六石余。天保一二年(一八四一)頃から製茶業も盛んに行われるようになった(細呂木村誌)

越前地理指南」には、当村に「嫁落シの茶屋」とよばれる往還茶屋のあったことが記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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