栃折村(読み)とちおりむら

日本歴史地名大系 「栃折村」の解説

栃折村
とちおりむら

[現在地名]八尾町栃折

大長谷おおながたに川左岸の山腹にある大長谷最北の村。寛永一八年(一六四一)頃の諸寺道場締役覚書(聞名寺文書)に「栃折村浄徳」とあり、八尾聞名もんみよう寺の道場役として綿高二二匁余・代銀三匁余を納めていた。正保郷帳に村名がみえ、村高は新名しんみよう村と合せて三四九石余、田方二町八反余・畑方二〇町三反余。元禄一一年(一六九八)郷村高辻帳では高三四九石余。享保六年(一七二一)の村付高改帳(島倉家文書)では高二九〇石余。幕末の高二九六石で免三ツ三歩(古高免小物成銀等書上)。文政八年(一八二五)には花房組、文久元年(一八六一)以降は田中組。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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