栗屋村(読み)くりやむら

日本歴史地名大系 「栗屋村」の解説

栗屋村
くりやむら

[現在地名]徳山市大字栗屋

徳山湾と笠戸(かさど)湾に挟まれた半島の付根に位置する村で、大島(おおしま)村の北、櫛(くし)ヶ浜(はま)村の南にあたる。徳山藩領。

毛利輝元が元和三年(一六一七)次男就隆に分知した領知目録(毛利家文書)に、栗屋村一四三石三斗八升五合とみえる。寛永三年(一六二六)の熊野帳では久米村の枝村として栗屋村があり、毛利就隆給領高二一八石余、諸士給領高七六四石余(桑原惣左衛門家五〇石、志道六左衛門家一六四石余、永井吉左衛門家二〇〇石、福原二郎三郎家五〇石、桂縫殿助家五〇石、尾越采女家二〇〇石、平川孫之允家五〇石)、蔵入高一〇一石余、合して一千八四石余となっている(給領石高付立)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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