栗木沢村(読み)くりきさわむら

日本歴史地名大系 「栗木沢村」の解説

栗木沢村
くりきさわむら

[現在地名]朝日町玉(たま)ノ井(い) 栗木沢

最上川左岸の河岸段丘上にあり、東に明神(みようじん)断崖を望む。西は川通(かわどおり)村、東は船渡(ふなと)村。正保郷帳に栗沢村とあり、田方六六石余・畑方二四石余。慶安二年(一六四九)以降松山藩領。里分川行(かわつら)組に属し、宝暦八年(一七五八)の左沢御領知村高組訳書抜帳(松山町教育委員会蔵)には高九三石余、家数二七・人数一三四とある。左沢(あてらざわ)(現大江町)から置賜(おきたま)郡荒砥(あらと)(現西置賜郡白鷹町)への街道沿いにあり、寒河江領大谷(おおや)村に接することから口留番所が置かれ、名主が番所守を勤めた。馬継場でもあり、貞享三年(一六八六)の荷駄賃覚(佐竹文書)では一駄につき一里三〇文、商人荷物は貫割駄賃となっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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