栗田八郎兵衛(読み)くりた はちろべえ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「栗田八郎兵衛」の解説

栗田八郎兵衛 くりた-はちろべえ

1831-1865 幕末武士
天保(てんぽう)2年生まれ。常陸(ひたち)水戸藩士。奥右筆(ゆうひつ)などをつとめる。元治(げんじ)元年天狗(てんぐ)党の乱では執政榊原(さかきばら)新左衛門にしたがい,松平頼徳(よりのり)軍とともに保守派や幕府軍とたたかう。のち投降し,元治2年4月5日下総(しもうさ)古河(こが)(茨城県)で切腹。35歳。名は寛剛。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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