栗見新田村(読み)くりみしんでんむら

日本歴史地名大系 「栗見新田村」の解説

栗見新田村
くりみしんでんむら

[現在地名]能登川町栗見新田

福堂(ふくどう)村の西方にあり、愛知(えち)川河口部で南は大中(だいなか)の湖、西は琵琶湖に面する。寛文一一年(一六七一)栗見一〇郷のうち乙女浜(おとめはま)・福堂・新(し)・宮西(みやにし)・阿弥陀堂(あみだどう)・小川(おがわ)・河南(かわみなみ)、本庄(ほんじよう)・新海(しんがい)・田附(たづけ)(現彦根市)の各村から二戸ずつ移住させて開いた村で、もとは入会草刈場であった。文久二年(一八六二)まで彦根藩領、慶応二年(一八六六)からは同藩預所。貞享五年(一六八八)の検地帳(栗見新田共有文書)では反別三三町八反余・高二六三石余のほか、小物成の葭地八町七反余があった。元禄八年大洞弁天寄進帳では家数三九、男一〇六・女八八・寺社方一。天保郷帳では福堂村の注記に古くは同村が栗見新田村を含むとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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