桂西庄(読み)かつらにしのしよう

日本歴史地名大系 「桂西庄」の解説

桂西庄
かつらにしのしよう

近衛家の荘園桂殿の西方、現桂千代原町付近かと推定される。立荘時期は不明。嘉元四年(一三〇六)の昭慶門院御領目録(竹内文平氏所蔵文書)安楽寿院領としてみえ、八条院に始まりのち大覚寺統に伝領された皇室御領の一である。文明一五年(一四八三)には浄住寺雑掌が桂西庄年貢のことで幕府へ出訴しており(政所賦銘引付)、同庄の一部は浄住寺(現西京区山田葉室町)領であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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