桐分(読み)きりぶん

日本歴史地名大系 「桐分」の解説

桐分
きりぶん

[現在地名]松本市桐一丁目・二丁目・沢村さわむら

桐原分の略。名称の起りは中世里山辺さとやまべの桐原氏の所領の食込みによる。松本城下町の北と、庄内しようないありさき村に接する地帯で、地籍の入込みがはげしい。中世以来の所領関係によるものと思われる。

松本藩水野氏時代の家中新切かちゆうしんぎりもある。天正検地に「桐原分七百拾五石一斗七合」、「信府統記」に「御朱印高七百拾五石一斗七合」とあり、享保九年(一七二四)当時の石高は一千二〇石五斗五升七合八勺と増加。寛文年間(一六六一―七三)の田は二二町七畝二四歩、畑は五四町六段二畝二〇歩である。水田用水女鳥羽めとば川支流の大門だいもん沢と幾つかの用水池からとり、水の便はよくない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む