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桐長桐 きり ちょうきり

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

桐長桐 きり-ちょうきり

?-? 江戸時代前期の女歌舞伎の役者。
越前(えちぜん)(福井県)幸若舞曲の幸若小八郎の弟子幸若与太夫の子孫で女舞,女芝居を興行。代々女性の後継者が長桐を名のり,座元をつとめたという。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

桐長桐

生年:生没年不詳
江戸前期の女歌舞伎桐座の座元。先祖は越前国(福井県)幸若小八郎の門弟幸若与太夫の子孫。通説では寛文1(1661)年,江戸木挽町で興行したとするが不詳。名跡は代々女子が相続し,市村座の控櫓(興行の代行者)として天明4(1784)年から4年間,寛政5(1793)年から5年間,文化13(1816)年から翌年まで葺屋町(日本橋堀留)で興行した。<参考文献>木村錦花『小田原桐座の発見』,関根只誠『東都劇場沿革誌』

(今西晶子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の桐長桐の言及

【桐座】より

…その起源は明らかではないが,《桐家古来譜》などの由緒書によると,伊豆・相模地方にいた舞太夫より起こった女舞太夫であったらしい。《戯場年表》などによると,1630年(寛永7)に桐大内蔵(きりおおくら)が女舞を中橋で興行し,61年(寛文1)には桐長桐(きりちようきり)が女芝居を木挽町で興行したとされる。確実な資料としては《松平大和守日記》元禄6年(1693)5月6日の条,白河での女舞興行を記すなかに,桐大内蔵,桐乙女の名が見える。…

※「桐長桐」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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