本来はある役目をする人,職務担当の役人の意であり,寺院における諸役あるいは法会などの際,担当の役に従事する者の意に使われた。演劇用語としては中世からみられる。猿楽の能が大成してから〈能役者〉の名称が生じた。猿楽法師の長や主だったもの,すなわち能の大夫が,寺院の諸職の役目を務めたことに始まるのであろう。時代が下ると,能の大夫職に限らず,シテ方はもちろんワキ方,狂言方,囃子方までを含めて能役者と称している。延年の場合も同様で,その参加者の全員を〈役者〉と記している。人形浄瑠璃では,語り手の太夫と人形遣いを役者と称し,歌舞伎の俳優(《日本書紀》に記されている俳優,倡優(わざおぎ)/(わざひと)は歌舞・滑稽解頤(かいい)にたずさわる者の意。近世では広く演劇における演技者の意)に対し役者と称するころには,原義の〈役の者〉の意はうすれてしまっている。歌舞伎では一時期〈役者〉と〈芸者〉を両用する。その違いを次のごとく説くものもある。芸者とは,もっぱら招かれて芸を披露するもの,役者は劇場で芝居を演ずる者と。ともあれ,歌舞伎俳優が座敷に招かれ,芸を披露することの需要がいちじるしく減少した元禄期(1688-1704)以降は,その名称も〈役者〉に統一されていく。人気役者,大根役者,旅役者,女役者などと演技者を意味し,その特性を表した成語は多い。また〈役者〉にはその人あるいは演技を賛美する意があったが,かけひきなどの上手な者の意が加わったことなどもあり,明治以降はしだいに〈俳優〉に変わっていった。また能の役者は能楽師,狂言の役者は狂言師とも呼ぶようになった。明治以後に始まった演劇や映画では,もっぱら〈俳優〉が使われ,しだいに俳優は芸術家,役者は芸人といったうけとり方も生じている。なお,歌舞伎俳優の尊称として幟(のぼり)などに〈○○丈〉と記すのは,〈やくしゃ〉に〈俳優〉や〈戯子〉の字を,〈しばい〉に〈戯場〉の字を当てる時期(江戸中期)とほぼ一致する。漢文学隆盛時の風潮であろう。
→俳優
執筆者:鳥越 文蔵
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本来は神事・仏会(ぶつえ)などの祭祀(さいし)儀礼に際して特別な役を受け持つ人をさすことばだったが、中世の猿楽(さるがく)以後、舞台芸能における演技者の名称になった。古くは囃子方(はやしかた)も含めていたが、やがて演技者に限るようになった。『役者全書』(1774刊)に「役者といへる号は、何役でも、それぞれの役を勤むる者を役者と称す。されば仏家にも役者の名あり。しかるに役者といへば戯場(しばい)の狂言をなす者に限ることになりたり」とある。元禄(げんろく)年間(1688~1704)には、歌舞伎(かぶき)の演者のことを役者、芸者、役人などとよんだことが知られるが、しだいに「役者」に統一されたらしい。猿楽役者、歌舞伎役者が社会的に卑賤(ひせん)な身分の者とされていたため、近代以降における演者の地位向上とともに「俳優」の称が一般的になった。しかし、江戸時代を通じて、「役者」の称号は大衆に親しまれ、演者自身も「役者」の称に誇りをもっていた。毎年出版され続けた技芸評判の本を『役者評判記』と名づけたのはその表れの一例となる。
[服部幸雄]
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【〈演劇〉という語をめぐって】
〈演劇〉という単語は,たとえば清初に李漁が著した一種の演劇論《閑情偶寄》に用例がみられるように中国語起源であるが,日本語として用いられるようになったのは明治以後,西洋芸術の一表現様態(ジャンル)を前提にしてである。諸橋轍次《大漢和辞典》によれば,〈作者の仕組んだ筋書に本づき,役者が舞台で種々の扮装をなし,種々の言動を看客の前に演ずる芸術。しばゐ。…
…劇の進行に時間的な飛躍を示す記号としての引幕が用いられるようになり,複雑な筋の展開を可能にした。劇場が整備され,役者の数が増加し,見物の層が広がった。野郎評判記が出版されるが,当初の容色本位の野郎賛仰からしだいにその技芸をも評判するようになり,役者評判記の性格を濃くしていく。…
…江戸時代に,歌舞伎役者や大道芸人・旅芸人などを社会的に卑しめて呼んだ称。河原乞食ともいった。…
…それらはともに,物真似(ものまね)芸をする人を意味していた。また,〈俳優〉という言葉の周辺には〈役者〉という言葉が存在する。日本の伝統演劇においてはむしろこの言葉こそが,演者あるいは演技者を指し示す言葉として長く用いられており,それは日本の伝統演劇における演者のあり方を的確に反映しているから,その点でも重要な言葉であると言ってよい。…
※「役者」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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